恐るべきクリーニングの親父

前の日曜のことだった。クリーニングに出しておいた衣類2点を回収しに行ったとき、驚くべきことが起きたのだ。

「たかがクリーニングの回収で大袈裟な!!」と思う人がいるかもしれないが、驚いてしまったのだから仕方がない。

引換券を見つけるのに少し手間取った。ポケットを探し、財布の中を探しても見つからない。ごそごそ店の外でしばらく立って探した。ようやく見つかって店の中に入ると、クリーニング屋の親父は、受付で忙しそうに手を動かしていた。

親父の手元を見ると「見たことがある服だなあ」と思った瞬間、「あれ!、これ俺がクリーニングに出したやつじゃないの!」。薄い青のスラックス、コンサートで着る赤いシャツを、親父はまとめて袋に入れようとしているのだ。僕がまだ引換券を出す前なのに。

この親父、俺の風貌を覚えていたのだ。しょぼくれた中年男の風貌を。親父は外に立っていた俺を見て、客の名前を想い出し、俺の衣類2点を何百もあるクリーニング済みの衣類から瞬時に探し出したということなのだ。”引換券を探すのに手間取った”というものの、たかが10秒か20秒、その間にこの親父はこの離れ業をやってのけたのだ。

他のクリーニング店だとこんなことにはならない。要領を得ないおばちゃんがいる場合はなおさらだ。おばちゃんは引換券を受け取ると、老眼鏡越しにじっと見て

「シャツが2点、スラックス1点、それにええと、コートとセーターですね。少しお待ち下さい」とのんびり捜し物を始める。

店の中をあっちこっちと見て回り「これかな、アラ違うワ」、「これでしょう、ヤッパリ違うワ」となかなか見つけられない。ようやく見つけるとおばちゃんの顔はパッと明るくなり、「これでしょう。有ったワ!!、有ったワ!!」と持ってくる。こんなおばちゃんとスーパー親父の記憶力とスピードと比較すると、大人と幼児ぐらいの差がある。いやエベレストと高尾山ぐらいの差だろいうか。

この親父、そう言えば、以前にもこんなことがあった。

洗うものを渡すと、親父は衣類の種類と料金を引換券に書きとめて合計金額を計算した。名前を記入する欄にペン先が移動したとき「イソノさんですね」と勝手に俺の名前を書いたのだ。その時もビックリしたが、今回は更にパワーアップした感じだ。

一応断っておくが、俺はこの店の常連ではない。この店の利用は5,6回めぐらいだし、店の受付は親父でなくおばちゃんの時もある。

成績のいい営業マンは、人の名前と顔をよく記憶している。それが営業成績に直結しているからだ。

かの田中角栄も、初対面の人の顔と名前をよく覚えていたそうだ。その人が角栄と再び会ったとき、「やあ、XXさん、お元気ですか。そう言えば奥さんは踊りの先生でしたね。奥さんもお元気ですか」と言われた方は大感激して角栄の熱心な支持者になってしまうのだとか。そりゃそうだろう。一国の総理に名前を覚えてもらうなんてかなりゾクゾクする出来事だしね。

次にクリーニングに出すものがあるとき、間違いなくこの親父の店に行くと思う。

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